名鉄北アルプスキハ8500系の数奇な運命とは?流浪の一生?

特急型車両として華々しくデビューするも

10年で運用から撤退し

他社へ転出し

海外に渡る

という流浪の生涯の車両でした。



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こちらの記事で
名鉄北アルプスJR乗り入れの様子は?短絡線を経由?希少な存在?

 

名鉄からJR東海に乗り入れていた異色の存在の列車、名鉄の特急「北アルプス」が、名鉄犬山線からJR東海の高山本線に乗り入れるシーンを紹介しました。

 

この記事では、JRに乗り入れるために通る短絡線の様子を写真で紹介しています。今はもう見られない貴重なシーンとなっています。ぜひご覧ください。

 

北アルプスに使用された車両は

 

名鉄キハ8500系気動車

 

といい、記念乗車券が発売されるなど華々しくデビューしました。しかし、この車両は、デビュー当時には想像も出来ないような現実に翻弄されていくことになりました。

 

一体どんな現実に翻弄されていったのか?

 

今回は、名鉄キハ8500系気動車が、特急型車両としてデビューしたものの、その後現実に翻弄され、新天地を求めた流浪の一生を辿っていきたいと思います。よろしくお付き合い下さい。
(※以下、名鉄北アルプスキハ8500系の名称を短縮して表現する場合は、「キハ8500系」とします。)

名鉄北アルプスキハ8500系の数奇な運命とは?流浪の一生?

まずは

 

キハ8500系とはどのような車両なのか?

 

を見て行きましょう。

名鉄北アルプスキハ8500系

キハ8500系は、昭和40(1965)年より使用していた先代の車両(キハ8000系)の置き換えとして

先頭車4両
中間車1両

 

の5両が製造され、平成3(1991)年3月にデビューしました。

 

非電化区間の高山本線への乗り入れ、および高山本線を走るJR東海の特急

ワイドビューひだ

 

との併結のため、車両はディーゼルエンジンを動力とする気動車となり、路線のほとんどが電化され、保有車両のほとんどが電車の名鉄にあって、特異な存在でした。

 

また、キハ8500系は、先代の車両より

 

エンジン出力がパワーアップ
座席はリクライニングシート

 

となり、性能・居住性とも格段に向上しました。

 

以上、キハ8500系を紹介したところで、次に本題の

 

キハ8500系が辿った数奇な運命

 

を見て行くことにしましょう。

数奇な運命①デビュー10年で引退

通常、標準的な鉄道車両の耐用年数は

 

30~40年

 

程度が目安となります。
(※新幹線など、運転方法によってはこれより短い車両もあります)

 

しかし、キハ8500系は、デビューして10年後の平成13(2001)年9月に、「北アルプス」の廃止により引退することになりました。鉄道車両の耐用年数からすると、10年での引退は短命な方になります。

 

では、なぜ10年で引退することになったのか?

 

それには次のような理由がありました。

 

ひとつめは、北アルプスは、高山本線内では、美濃太田駅からJR東海の特急「ワイドビューひだ」と併結運転をしていました。この場合、美濃太田駅での連結・解結作業が発生します。この作業がJR側には負担だったようです。

 

ふたつめは、2000(平成12)年10月から、名鉄が名古屋と高山を結ぶ高速バスの運転を始めたことでした。運転区間が重複するバスに、北アルプスから利用者が移ることになりました。

 

また、名鉄は路線のほとんどが電化され、保有車両のほとんどが電車であることに触れました。保有車両のほとんどが電車である中で、1日1往復の特急のために駆動構造が異なる気動車を保有するのは、設備の面でも乗務員の面でも業務上非効率でした。
(※名鉄の車両は、車体長が19mに対し、キハ8500系は20m超と、車体長が異なるのも非効率となる理由のひとつでした)

数奇な運命②-別会社への転出



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キハ8500系は、特急北アルプスの廃止により、デビューから10年で引退となりました。引退したものの、先述のように、鉄道車両の耐用年数は30~40年程度が目安のため、廃車にするには早過ぎるものがありました。

 

この時、特急北アルプスの廃止で活躍の場を失ったキハ8500系に目を付けたのが、福島県を走る会津鉄道でした。

 

当時、会津鉄道では現有車両の更新の時期を迎えており、観光列車としての設備を備えた車両の導入を検討していたところで、名鉄に譲渡を申し入れ、平成13(2001)年12月に会津鉄道へと移っていきました。

 

会津鉄道に移ったキハ8500系は、平成14(2002)年3月より営業運転が始まりました。

 

もともと特急型車両のため、乗り心地や居住性といった設備面は好評でしたが、高速運転仕様のため最高速度65/kmで加減速の頻度が高い会津鉄道での運転には不向きで、平成22(2010)年5月に営業運転は終了となりました。

数奇な運命③-払い下げ

会津鉄道での営業運転を終了したキハ8500系は、平成22(2010)年12月に売却先の募集が行われ、2両は栃木県の那珂川清流鉄道保存会へ売却され、2両はオークションで個人が購入し、福島県会津若松市の観光施設「やすらぎの郷 会津村」で公開されることになりました。
(※5両あったキハ8500系のうち、1両は平成19(2007)年3月に廃車となりました)

数奇な運命④-海外へ

引退したものの廃車を免れ、展示・保存されていたキハ8500系。このまま一生を過ごすことになるかと思いきや、キハ8500系にはまだまだ流浪の生涯が待っていました。

 

「やすらぎの郷 会津村」に展示されていた車両が、今度はマレーシアへの譲渡が決まり、平成27(2015)年8月に日本を出発。現地で整備し、平成28(2016)年10月から営業運転を再開することになりました。

まとめ

名鉄北アルプスキハ8500系の数奇な運命

特急型車両車両としてデビューするも、10年で引退

活躍の場を求めて、福島県の会津鉄道へ転出

加減速の頻度が高い会津鉄道での運転には不向きで引退。栃木県と福島県で展示・保存される

福島県の車両が海外(マレーシア)へ渡る

おわりに

今回は、キハ8500系が、特急型車両として華々しくデビューしたものの、10年で特急運用から引退し、地方を転々とし、最後は海外に渡ったという、現実に翻弄された流浪の一生を紹介しました。

 

筆者は、キハ8500系がデビュー時の記念乗車券と、北アルプスを引退するときの記念乗車券を持っており

デビューと引退に関する記念乗車券を両方持っている事

 

その間隔が10年と割と短いこと

 

ほぼ同じ時期にデビューした、JR東海のキハ85系が、今も特急列車として走っている事

 

を見るに付け、個人的には

 

キハ8500系は運命に翻弄された車両なんだな

 

と思わずにはいられませんでした。今回の記事が

 

こんな運命を辿った車両があったんだな

 

ということを知るきっかけになれば、と思いました。

 

とまとまったところでお時間となりました。

今回も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

 

ではまた。


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