ナリタブライアン高松宮記念出走理由は気性?レース間隔も関係?

当時は色々な物議を醸し、ちょっとした騒動にもなりました…。



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こちらの記事で
高松宮記念初G1の出走馬は?三冠馬が参戦?中京競馬場は大混雑?

 

高松宮記念が1996(平成8)年にG1レースに昇格した時の中京競馬場の様子を紹介しました。

 

ご覧いただけましたか?

 

今となっては貴重な写真の数々が見られます、ぜひご堪能下さい。

 

その出走馬の中には、1994(平成6)年の三冠馬

ナリタブライアン

 

の姿がありました。

ナリタブライアンの出走で大いに盛り上がった一方で、ナリタブライアンの出走は、賛否両論、物議も醸し、ちょっとした騒動にもなりました。

 

では、なぜナリタブライアンの出走は物議を醸したのでしょうか?

 

物議を醸してもナリタブライアンが出走した理由とは?

 

今回は、ナリタブライアンが高松宮記念に出走した経緯を振り返ってみたいと思います。どうぞ最後までお付き合い下さい。

※年齢は数え年の旧表記です
※G1昇格時のレース名称は「高松宮杯」でしたが、現在は「高松宮記念」のため、レース名称は「高松宮記念」と表現します。

ナリタブライアン高松宮記念出走理由は気性?レース間隔も関係?

競走馬の距離適性

日本の競馬のレースには

 

1000m~3600m

 

の範囲で距離が設定されています。そして、大まかに次の様に分類されます。

 

短距離:1200m~1600m
中距離:1800m~2200m
長距離:2400m~3200m

 

競走馬には距離適性があり、得意な距離のレースを選んで出走します。その得意な距離の分類が上記のようになります。

ナリタブライアンの距離適性

では、ナリタブライアンの距離適性はどうなのか?ナリタブライアンが勝利したG1レースの距離を見てみると…

年齢 レース名 距離
3歳 朝日杯3歳S 1600m
4歳 皐月賞 2000m
  東京優駿(ダービー) 2400m
  菊花賞 3000m
  有馬記念 2500m

ご覧いただくと、ナリタブライアンの距離適性は

 

中・長距離

 

だというのがお分かりいただけるかと思います。
※3歳の時に1600mのG1を制していたり、1200mのレースに出走もしていますが、これは3歳に中・長距離のレースの設定がなかったのが理由です。

高松宮記念に出走した理由は?



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競走馬は、自身の最も得意とする距離のレースに出走します。従って、本来、中・長距離を得意とし、短距離に実績のなかったナリタブライアンが1200mのレースに出走するのは

 

異例

 

なことなのです。

理由①気性

では、なぜ異例の出走となったのか?

 

いろいろ調べてみると、それにはナリタブライアンの気性が関係しているようでした。

ナリタブライアンはいつもテンションが高く、レースが近付くとそれを察知して更に興奮する傾向があったそうで、この問題に対処するため、調教師は

 

レース間隔を詰めて使う

 

ことで発散させて、興奮を抑えようとしました。

理由②レース間隔

競走馬にとって、レースを使い詰めるのは疲労が蓄積する一方、レース間隔が空きすぎるても、本来のパフォーマンスを発揮できないことがあります。
(ナリタブライアンがダービーから5ヶ月近く経って出走した京都新聞杯で、スターマンに勝てなかったのは、レース間隔が空きすぎていたのが原因のひとつと考えられます)

 

ナリタブライアンは、天皇賞・春の次は宝塚記念を目標にしていました。1995(平成7)年までは、宝塚記念は天皇賞・春からの間隔は中6週でした。

 

しかし、1996(平成8)年というのは、中央競馬のレースの体系が大きく変わった年で、宝塚記念は天皇賞・春からの間隔が4週間延び、中10週となりました。

宝塚記念までに出走を選択できた4つのレース

では、天皇賞・春から宝塚記念までの間に出走できたレースにはどのような条件だったのか?それは以下のようになります。

レース名 高松宮記念 金鯱賞 安田記念 鳴尾記念
開催場 中京 中京 東京 阪神
格付 G1 G2 G1 G2
距離 1200m 2000m 1600m 2000m
斤量 57kg 59kg 58kg 59kg
天皇賞から 中3週 中5週 中6週 中7週
宝塚記念まで 中6週 中4週 中3週 中2週

その中で高松宮記念を選択した理由は?

では、この4つあるレースの中で、ナリタブライアンに実績のない短距離のレースを選択したのは?

 

まず

 

「本当に強い馬は距離やコース形態を問わず勝てることを証明したかった」

 

という調教師の意向がありました。

 

また、個人的には、4つのレースの中で

 

斤量が一番軽い

 

というのも理由の1つかなと思います。
(斤量とは、競走馬がレースで負担する重量です。当然、軽い方が負担も少なく有利です。59kgと57kgの差は、結構大きなものがあります)

こうしてナリタブライアンは高松宮記念に出走したのでした。

まとめ

ナリタブライアンが高松宮記念に出走した理由

気性の問題を解消するため
(いつもテンションが高く、レースが近付くとそれを察知して更に興奮する傾向があったため、調教師がレース間隔を詰めて使うことで発散させて、興奮を抑えようとした)

目標としていた宝塚記念までのレース間隔が空きすぎる
(前年までは中6週だったのが中10週になった)

調教師の意向
(本当に強い馬は距離やコース形態を問わず勝てることを証明したかった)

おわりに

今回は、ナリタブライアンが高松宮記念に出走した理由を紹介しました。調べてみると、

 

ナリタブライアンの気性
目標としていた宝塚記念までのレース間隔
調教師の意向

 

があってのレース選択だったようです。

 

最後に、ナリタブライアンの高松宮記念出走で醸した物議について。

 

競走馬には距離適性があることを説明しました。そして、ナリタブライアンの距離適性は、レース内容から中・長距離を得意としていました。従って、距離適性の面から出走を疑問視する声が上がっていました。

 

そして、ナリタブライアンは4着となりました。

レース映像を見ていると、スタートしてからは追走に手間取っているものの、直線を向いてからの追い上げは中々だと思います。個人的には得意な距離ではないにもかかわらず善戦した方だと思っています。

 

出走には賛否両論があったものの、ナリタブライアンはレースを盛り上げてくれた功労者だと思いますが、当時を改めて振り返ってみて、皆様はどうお感じになったか、考える機会となれば幸いです。

 

とまとまったところでお時間となりました。

今回も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

 

ではまた。


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