高松宮記念初G1の出走馬は?三冠馬が参戦?中京競馬場は大混雑?

ナリタブライアン、中京競馬場に見参っっ!!!!



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中京競馬場で開催されるG1レース、高松宮記念。高松宮記念は創設以来、幾度かの施工条件の変更を経て、1996(平成8)年の第26回の開催でG1に昇格しました。

 

記念すべきその日、競馬場は

 

中京競馬場での初めてのG1レースの開催

 

ということで、大いに盛り上がりました。
(※中京競馬場でのG1レースの開催は、1980年に宝塚記念の代替開催がありましたが、当時は現在のようなレースの格付けが無いこと、常設のG1レースとしては、高松宮記念が中京競馬場での初めてのG1レースとなります)

 

では、その時の出走馬は?

 

中京競馬場の様子は?

 

さらに

 

さらにさらに

 

あの三冠馬が出走??

 

という訳で、今回は高松宮記念がG1に昇格した最初の時の中京競馬場の様子を紹介します。貴重な写真の数々、どうぞ最後までお楽しみ下さい。

 

それでは、レース発走ですっ、どうぞっっ!!!!
(※G1昇格時のレース名称は「高松宮杯」でしたが、現在は「高松宮記念」のため、レース名称は「高松宮記念」と表現します)

高松宮記念初G1の出走馬は?三冠馬が参戦?中京競馬場は大混雑?

さて、本題に入る前に。

 

冒頭で

 

高松宮記念は創設以来、幾度かの施工条件の変更を経て

 

いることに触れました。まずは、高松宮記念の施工条件の変遷を辿ってみましょう。

高松宮記念の施工条件の変遷

1967(昭和42)年:「中京大賞典」として、砂2000mの重賞競走として創設
1971(昭和46)年:「高松宮杯」として、芝2000mの重賞競走として創設
(中京大賞典は廃止)
1984(昭和59)年:グレード制導入により、G2に格付け
1996(平成8)年:G1に格上げ。距離は芝1200mとなる。
1998(平成10)年:「高松宮記念」に名称を変更

 

芝2000mの時は開催が6月、または7月で、出走馬には

 

トウショウボーイ
オグリキャップ
ウイニングチケット
ヒシアマゾン

 

の名前が見られました。

 

また、G1に昇格した時は5月開催でしたが、2000(平成12)年より3月開催となりました。

出走馬紹介-出走馬一覧とレース動画

では、次に。初G1となった、第26回の出走馬を見てみましょう。

枠番 馬番 競走馬名 性齢 騎手
1 1 イサミサクラ 牝5 佐藤哲三
2 2 トーワウィナー 牡7 河内洋
3 3 メイショウサムライ 牡6 松永昌博
4 4  エイユーギャル 牝5 四位洋文
  5 ナリタブライアン 牡6 武豊
5 6 エイシンミズリー 牡6 南井克巳
  7 ヒシアケボノ 牡5 角田晃一
6 8 フジノマッケンオー 牡6  藤田伸二
  9 ノーブルグラス 牝6 M・ロバーツ
7 10 フラワーパーク 牝5 田原成貴
  11 ドージマムテキ 牡7 柴田善臣
8 12 スリーコース 牝6 芹沢純一
  13 ビコーペガサス 牡6 横山典弘

(※年齢は数え年の旧表記です)

レース動画はこちらです
(G1初代の優勝馬はフラワーパークでした)

 

出走メンバーは、当時のスプリント路線の活躍馬が集まった、という印象があります。
(エイシンワシントンは直前で出走を回避してしまいましたが)

 

こうしてみると、今となっては懐かしい名前が並んでいるな、と思って眺めておりました。

 

その出走馬の中に1頭、競馬ファンなら

 

おっ

 

と思う馬の名前を見付けたと思います。その馬については、後に写真付きで紹介します。お楽しみに。

出走馬紹介-パドックでの写真



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では

 

ではでは

 

それでは

 

お待たせ致しましたーーーーーーーーっっっっ!!!!

 

お待ちかねの

 

出走馬の写真

 

の紹介です。全馬撮影出来た訳ではありませんが、当時フィルムで撮影した写真をスキャンしてアップしました。どうぞ堪能して下さい。

 

では、馬番順に見て行きましょう。

メイショウサムライ

ヒシアケボノ

 

弟はアグネスワールド
馬体重が560kgを超える大型馬で、他の馬より1周り大きかった印象があります。

ノーブルグラス

 

父はスーパークリークなど、長距離馬を輩出したミルジョージ。騎手は、マイケル・ロバーツ。そう言えば、ロバーツ騎手、だんだんと日本に来なくなったな…。

フラワーパーク

 

G1初代の優勝馬。ヒョロッとした印象がありました。繁殖に上がって、東京新聞杯を制したヴァンセンヌを産みました。

ドージマムテキ

 

父がテュデナムキングとか、10歳を超えても現役を続けたりとか、随分マニアックな活躍をした馬です。

ビコーペガサス

 

ダンツィヒ(←ダンジグとも呼ぶことがあります)の産駒で、ニュージーランドで種牡馬になったのかな…。

ナリタブライアン、登場!!

G1最初の高松宮記念は、当時のスプリント路線の活躍馬が出走しました。

 

しかし、出走馬をご覧いただくと分かりますが

 

その中に1頭

 

あの

 

三冠馬

 

が出走していたのに気付いたでしょうか?

 

そう、その馬とは、1994(平成6)年の三冠馬。

 

写真、見たいですか?

 

三冠馬の写真、見たいですか??

 

ではご覧いただきましょう。

 

ジャーーーーーーーーンンンン!!!!

ナリタブライアン
でーーーーーーーーっっっっす!!!!

 

騎手は武豊騎手です。

 

ここでもう1度出走馬を見ていただくと、確かに当時のスプリント路線の活躍馬が出走していましたが

 

G1のメンバーとしては何か物足りない…

 

という印象が無いでしょうか?

 

当時の競馬ファンも同じことを考えていました。

 

でも

 

そこにナリタブライアンの出走が発表されました。発表があった時、

 

うををををををををーーーーっっ!!

 

あの

 

ナリタブライアンが

 

出走するぞーーーーーーーーっっっっ!!!!

 

と競馬ファンは色めき立ち、とても盛り上がりました。

ナリタブライアンを目の前で見た印象は?

ナリタブライアンは、いつもテレビで見ていて、実際の本物を見たのはこの時が初めてでした。目の前で見た印象は

 

端正の取れた馬体

 

筋肉ではちきれんばかりの後肢

 

黒光りする艶やかな毛並み

 

で、それはそれは

 

ため息の出る美しさ

 

で、うっとりと見入っていました。

 

さすが三冠馬

 

と思いました。ナリタブライアンを目の前で見られて、本当良かった、いい思い出になりました。

※ナリタブライアンが高松宮記念に出走した理由については、こちらの記事をご覧下さい。
ナリタブライアン高松宮記念出走理由は気性?レース間隔も関係?

競馬場の混雑は?

中京競馬場で初めてのG1開催となり、当日は大勢の観客で賑わいました。その様子を紹介しましょう。

パドックはこの通り、鈴なりの人出でした。高松宮記念の出走馬がパドックに現れたときの写真をよく見ると、向かい側の柵の外に人の姿があることに気付きました。

 

どうやってここに入ったんだろう…

 

と思いました。

スタンドから見下ろすとこのような感じになります。

 

この日の入場者数は74,201人で、これは中京競馬場の歴代1位の記録です。

 

筆者はA指定席が取れたのでゆったりと観戦出来ましたが、一般エリアは人、人、人の波で

 

芋を洗うような人出で大混雑

 

でした。

まとめ

高松宮記念初G1開催日:1996(平成8)年5月19日
入場者数:74,201人(歴代1位、この記録は現在も破られていない)
出走頭数:13頭
優勝馬:フラワーパーク

おわりに

今回は、高松宮記念がG1レースに昇格した最初の時の様子を紹介しました。今となっては貴重な記録だと思います。

 

1番印象に残っているのは、やはりナリタブライアンです。いつもテレビで見るだけの遠い存在で、本物を見る機会は無いだろうな、と思っていたら、こうやって目の前で見られる機会があり、実物を目にすることが出来たのは、競馬ファンとして大きな財産になりました、

 

とまとまったところでお時間となりました。

 

今回も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

 

ではまた。


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